パーキンソン病をお持ちの方のリハビリテーションを担当する中で、クライアントの方やご家族様から次のようなご相談を頂く事があります。「電話に出ようとして歩き出した途端、足が止まってしまう」、「散歩中に友人と話をしていたら、つまずきそうになった」、「信号が点滅して『急ごう』と思った瞬間、逆に体が動かなくなった」。
これらは単なる「不注意」や「筋力の低下」ではありません。実は、パーキンソン病の病態に関わる「デュアルタスク(二重課題)干渉」という、脳の情報処理システムの問題が関係しています。
脳がいかにして「運動」と「思考」を同時にこなしているのか。そして、パーキンソン病をお持ちの方の場合において、その機能がどう変化するのかを解説します。
1.本来、脳はどのように「2つのこと」を同時に行っているのか?
私たちが普段、会話をしながら歩いたり、考え事をしながら家事をしたりできるのは、脳に「自動化」という優れた機能が備わっているからです。
・大脳基底核による「自動操縦」: 健康な状態では、歩行や箸を使うといった繰り返しの動作は、脳の深部にある「大脳基底核」を中心とした神経ネットワークが関係します。このシステムは、習得した動作を無意識に実行する、いわば「自動操縦モード」の役割を担っています。
・前頭葉のリソース確保: 動作が自動化されているおかげで、意識的な思考を司る「前頭葉」のエネルギー(注意資源)を節約できます。
・デュアルタスクの成立: 前頭葉が機能に余裕がある状態のため、「歩く」と「話す」を同時に行っても、脳の機能パンクすることはありません。
2.パーキンソン病における「自動化」の破綻と脳の過負荷
パーキンソン病をお持ちの方の場合、ドーパミンの減少により、この大脳基底核の「自動化」が機能しにくくなります。これがデュアルタスク困難の要因です。
1.「自動操縦」から「手動操縦」へ:無意識にできていた歩行ができなくなると、脳は代償として、意識的な命令を出す「前頭葉」を使って、一歩ずつ意識して足を動かそうとします。つまり、歩行が「意識して行う高度な作業」に変わってしまうのです。
2.脳の容量オーバー:「歩くこと」だけで前頭葉の処理能力を大量に消費している状態に、「会話」や「荷物を持つ」といった別の課題が加わると、脳はキャパシティ・オーバーを起こします。その結果、歩行が乱れたり、思考が止まったりする現象が起こります。
3.姿勢制御の優先順位の混乱:本来、ヒトは「転倒防止」を最優先しますが、パーキンソン病をお持ちの方では注意の配分がうまくいかず、目の前の課題(例:探し物をする)に気を取られ、姿勢を守るための注意が疎かになりやすい傾向があります。
3.エビデンスから見るデュアルタスクの影響
デュアルタスク能力の低下は、日常生活における具体的なリスクに直結することが多くの研究で示されています。
・歩行パラメータの悪化:計算をしながら歩くと、単純歩行時に比べ、歩行速度の低下や歩幅の減少が顕著に現れます。
・すくみ足の誘発:すくみ足は、物理的な障害物だけでなく、「注意力の枯渇」や「情報処理の競合」が引き金となって発生することが明らかになっています。特に狭い場所や急な声掛けで顕著になります。
・転倒リスクの予測因子:最新の知見では、単純な歩行速度よりも「デュアルタスク歩行」の成績の方が、将来の転倒リスクを正確に予測できると報告されています。
4.脳の処理能力を高めるリハビリテーション戦略
「筋力トレーニング」だけでは、この脳の処理問題は解決しません。リハビリテーションでは以下の3つの戦略を用いて、脳の適応能力を再構築します。
・自動化の再学習と代償:メトロノームなどの聴覚刺激を利用し、低下した基底核の機能を外部刺激でサポートすることで、歩行リズムを整えます。
・デュアルタスクトレーニング:安全な環境下で、「足踏み(運動)」と「計算(認知)」などを意図的に組み合わせます。徐々に難易度を上げることで、脳の処理容量(分割注意機能)を広げます。
・タスクの優先順位付け:「歩くときは話を止める」「立ち止まってから用事をする」など、注意資源を分散させないための行動戦略を確認し、安全を確保します。
5.フィジオセンターでの実践的アプローチ
フィジオセンターでは、「歩けるかどうか」だけではなく、「日常生活の中で、安全かつ無意識的に動作が行えているか」を確認して、お一人おひとりの特性に合わせたプログラムを提供しています。
【評価の視点】
① TUG-Cognitive(二重課題歩行テスト):Timed Up and Go test(TUG)に認知課題を付加した評価です。
・通常条件:椅子から立ち上がり、3m先を歩行し、方向転換して着座するまでの時間を測定
・認知負荷条件:上記動作を行いながら、連続計算や数字の逆唱などの課題を同時に実施
この、「単一課題と二重課題のタイム差」を数値化することで、認知負荷が加わった際に、歩行速度が低下するのか、動作の安定性が崩れるのか、認知課題の正答率が下がるのか、といった脳内リソース配分の特徴を客観的に把握します。
これは、人混みや買い物環境での歩行困難といった、実生活に直結する問題の予測にも有効です。
② 干渉タイプの見極め
二重課題下でのパフォーマンス低下は、すべて同じ理由で起こるわけではありません。フィジオセンターでは、どの要素同士の組み合わせで破綻が生じるのかを確認します。例として具体的には、
・認知×運動:考えることが加わると歩行が不安定になるのか
・運動×運動:上肢操作が加わることで下肢の安定性が低下するのか
といった干渉パターンを見極めます。これにより、
・「注意配分の問題」が主なのか
・「運動の自動化不足」が主なのか
・「環境変化への適応力」が弱いのか
といった課題の本質を明確にし、画一的ではない、狙いの定まった介入を目的とします。
【エクササイズ例】
① 認知 × 運動エクササイズ 例:ステップ運動を行いながら、指定カテゴリーの単語を挙げる
・前後・左右へのステップ動作を繰り返しながら
・「野菜」「果物」「都道府県名」などのカテゴリーに沿って発語
このエクササイズでは、注意配分能力、ワーキングメモリ、運動の自動化を同時に刺激します。
「考えると動きが止まる」「動くと考えられない」といった、二重課題耐性の弱さを、安全な環境で段階的に改善していきます。
②運動×運動エクササイズ:例:お手玉を操作しながらの継ぎ足歩行
・上肢での巧緻動作(把持・リリース)
・下肢でのバランス制御(狭い支持基底面)
を同時に要求する課題です。
これは、日常生活でよく見られる、荷物を持ちながら歩く事や、手元を操作しながら移動する
といった状況に直結します。運動同士の干渉によりバランスが崩れやすい方に対して、
運動の役割分担と自動化を促す目的で用います。
まとめ
パーキンソン病における「ながら動作」の困難さは、ご本人の不注意ではありません。脳のシステムである「自動モード」の機能が影響を受けるために生じる現象です。
「最近、何かをしながらだと動きにくい」と感じる方は、筋力だけでなく、このデュアルタスク処理能力を見直すタイミングかもしれません。
フィジオセンターでは、理学療法士が科学的根拠に基づいたオーダーメイドのリハビリテーションを提供しています。ご興味のある方は、お気軽にお問い合わせください。どうぞよろしくお願いいたします。
理学療法士/保健医療科学修士号/認定理学療法士(運動器・脳卒中) Certified Mulligan Practitioner(CMP)/LSVT® BIG 認定セラピスト 日本体外衝撃波医学会認定 運動器体外衝撃波治療施術者 BFJ公認野球指導者 基礎I U-15 津田 泰志
フィジオセンター TEL:03-6402-7755