パーキンソン病と診断されてから数年が経過し、内服薬の調整が必要になったり、日常生活動作(ADL)に少しずつ手助けが必要になったりする時期を「進行期」と呼びます。
この時期になると、多くの方が次のような悩みを抱え始めます。「薬の効果が低下すると体が動かなくなる」、「すくみ足で転びそうになることが増えた」。
そのような中、進行期における運動療法は、決して「手遅れ」ではありません。むしろ、この時期の運動療法は、生活の自立度を守り、二次的な機能低下(廃用症候群)を防ぐための重要な役割を果たします。
今回のブログでは、進行期特有の身体の変化に対し、どのような運動療法を行うべきか、その戦略を解説します。
1.進行期における「脳と身体」の変化
進行期に入ると、脳内のドーパミン不足に加え、長期間の投薬による影響や、姿勢反射障害(バランス能力の低下)が顕著になります。
初期段階との最大の違いは、「無意識の運動」がより困難になる点です。 私たちの脳は本来、歩行や立ち上がりなどの動作を無意識(自動的)に行っていますが、パーキンソン病が進行すると、大脳基底核を中心としたネットワークの機能低下により、この「自動化」スイッチが入りにくくなります。
その結果、
・歩き出しの一歩が出ない(すくみ足)
・方向転換でバランスを崩す
・二つのことを同時にしようとすると動きが止まる
といった現象が起こります。しかし、これは「動けない」のではなく、「動かすためのスイッチ(神経回路)の切り替え」が必要な状態であることを理解することが、リハビリの第一歩です。
2.なぜ進行期でも「運動」が必要なのか ― 廃用と代償
この時期に運動が必要な理由は、大きく分けて二つあります。
・廃用症候群の連鎖を断ち切る:「転ぶのが怖いから動かない」⇒「筋力と体力が落ちる」⇒「さらに転びやすくなる」という悪循環を「廃用症候群」と呼びます。進行期では、パーキンソン病そのものの症状よりも、動かないことによる二次的な筋力低下や関節の拘縮(硬くなること)が、生活の質を下げてしまうケースが多く見られます。
・ 新しい脳の使い道(代償回路)を強化する:以前のブログで「神経可塑性」に触れましたが、進行期では「代償」という考え方が重要になります。 機能が低下しやすい大脳基底核の回路(無意識の回路)の代わりに、大脳皮質(意識的な回路)や視覚・聴覚のネットワークを使って、運動をコントロールする方法を学びます。
3.エビデンスが示す進行期の運動療法
進行期の運動療法については、世界中のガイドラインやシステマティックレビューで、その有効性が裏付けられています。
■ 外部刺激(キューイング)による歩行改善:進行期特有の「すくみ足」に対して、最もエビデンスレベルが高いのが「外部刺激(External Cueing)」の活用です。
・視覚刺激:床の線や目標物をまたぐように意識する
・聴覚刺激: メトロノームのリズムや「1、2」という掛け声に合わせて歩く
これらの刺激は、機能低下した大脳基底核を介さず、視覚・聴覚野から運動野を直接刺激することで、スムーズな動作を引き出します。研究では、適切なキューイングを用いることで、歩行速度や歩幅が即時的に改善することが示されています。
■ 転倒予防としてのバランス・筋力トレーニング:複数のメタアナリシス(質の高い研究の統合解析)において、バランストレーニングと筋力トレーニングの組み合わせは、パーキンソン病患者の転倒リスクを低減させることが報告されています。 特に、体幹の抗重力筋(重力に逆らって姿勢を保つ筋肉)と、足関節・股関節の柔軟性を維持することは、姿勢の崩れを防ぐために不可欠です。
■ 薬が効いている時間(On時)の有酸素運動:進行期であっても、可能な範囲での有酸素運動は推奨されています。心肺機能の維持だけでなく、便秘や睡眠障害といった非運動症状の改善、さらには気分の安定(抗うつ効果)にも寄与することが分かっています。
4.進行期に行うべき運動療法の戦略
進行期のリハビリは、「がむしゃらに頑張る」ものではなく、「工夫する」する事が大切です。
・動作の分節化(分解して考える): 複雑な動作(例:寝返って起き上がり、歩き出す)を一連の流れで行おうとすると失敗しやすくなります。「まずは横を向く」「次に足を下ろす」「手をついて起きる」と、動作を一つひとつ区切って意識的に行うことで、確実性が増します。
・デュアルタスク(二重課題)の管理:初期では推奨される「計算しながら歩く」などの二重課題は、進行期では転倒リスクになる場合があります。この時期は逆に、「歩くときは歩くことに集中する(シングルタスク)」への切り替え戦略を練習します。
・環境調整と福祉用具の活用:身体機能だけに頼らず、手すりの設置や歩行補助具の選定など、環境側を身体に合わせるアプローチも、立派なリハビリテーションの一部です。
5.フィジオセンターの進行期アプローチ
フィジオセンターでは、進行期の方に対して、単なる機能訓練だけでなく、現在の生活をいかに安全に維持するかに焦点を当てたアプローチを行います。
■ 「すくみ」のタイプ別分析と対策 すくみ足が出る場面は人それぞれです(狭い場所、方向転換、動き出しなど)。当センターでは、どのような状況で症状が出るかを詳細に分析し、その方に最も効果的な「キュー(合図)」の種類(視覚的、聴覚的、あるいは体性感覚的)を検討します。
■ 薬効変動(On/Off)を考慮したプログラム 薬が効いている時間帯(On)と、効果低下している時間帯(Off)では、できることや注意点が異なります。それぞれの身体状態に合わせた身体の使い方や、Off時のパニックを防ぐための呼吸法・リラックス法なども指導します。
■ ご家族・介助者への指導:進行期では、ご家族のサポートも重要になります。しかし、良かれと思った声かけが、かえって患者様を焦らせ、動きを止めてしまうこともあります。適切な介助方法や、動き出しを促すための効果的な声かけのタイミングについてもアドバイスいたします。
まとめ
パーキンソン病進行期における運動療法の本質は、「残された機能と新しい戦略を使って、生活をコントロールする」ことにあります。
病気が進行しても、適切なリハビリと工夫次第で、安全に、そして自分らしく生活を続けることは十分に可能です。 「最近、動きにくさが増してきた」と感じる時こそ、運動のやり方を見直すタイミングです。フィジオセンターでは、専門的な知見を持った理学療法士が、最適と考えられる対応方法を共に考えます。
理学療法士/保健医療科学修士号/認定理学療法士(運動器・脳卒中) Certified Mulligan Practitioner(CMP)/LSVT® BIG 認定セラピスト 日本体外衝撃波医学会認定 運動器体外衝撃波治療施術者 BFJ公認野球指導者 基礎I U-15
津田 泰志
フィジオセンター TEL:03-6402-7755