「最近、足が前に出にくくなった」「歩幅が小刻みになってしまう」「つまずきそうで下ばかり見て歩いている」
パーキンソン病をお持ちの方にとって、「歩行」の変化は最も気になる症状の一つではないでしょうか。 不安から、とにかく毎日たくさん歩こうと努力されている方も多いと思います。しかし、パーキンソン病のリハビリテーションにおいて重要なのは、「歩く距離(量)」だけではなく「歩く質」です。
ただ漫然と歩くだけでは、すり足や前傾姿勢といった独特の歩き方をむしろ強化してしまう恐れがあります。
本日のブログでは、科学的根拠に基づいた「脳に正しい歩き方を再学習させる」ためのエクササイズと、その理論的背景について解説します。
1.なぜ、歩きにくくなるのか ―「感覚のズレ」と「自動化の障害」
エクササイズを始める前に、原因を把握する必要があります。なぜ足が出なくなるのでしょうか。
■ 自分の感覚と実際の動きの「ズレ」:パーキンソン病の特性として、自分の動きの大きさを実際よりも大きく見積もってしまう「感覚処理の障害」があります。ご本人は「大股で歩いているつもり」でも、客観的に見ると「小刻み」になっている。この感覚のズレ(ミスマッッチ)を修正を促す働きかけをしない限り、いくら歩いても歩幅は広がりません。
■ 「自動モード」から「手動モード」への切り替え不全:健康な状態では、歩行は無意識(自動モード)で行われます。しかし、大脳基底核を中心としたネットワークの機能が低下すると、この自動モードが働きにくくなります。 そのため、意識的に「大きく足を出す」「腕を振る」といった指令を脳から送り続ける「手動モード」に切り替えて歩く必要があります。
2.エビデンスに基づく歩行改善の3つのカギ
近年のリハビリテーション研究において、歩行改善に有効であると推奨度が高いアプローチには、以下の要素が含まれています。
- Amplitude(振幅の拡大): 意識的に「大きく」動くことで、縮こまった動きをリセットする。
- Cueing(外部刺激): 音や線などの合図を使い、運動回路をバイパスする。
- Axial Mobility(体幹の可動性): 手足だけでなく、背骨や骨盤の回旋の動き(ひねり)を引き出す。
これらを組み合わせた、エクササイズをご紹介します。
3.歩行の質を変える実践エクササイズ
ここでは、単なる筋力トレーニングではなく、脳の神経回路を刺激するための運動の例を紹介します。 ※転倒のリスクがある方は、必ず手すりや壁の近くなど、安全な環境で行ってください。
① 準備:体幹の「回旋」を取り戻すストレッチ
パーキンソン病の歩行は、腕の振りが消え、体幹が一枚の板のように固まってしまうことが特徴です。歩く前に、体を「ねじる」柔軟性を高めます。
・方法: 椅子に浅く座り、足を肩幅に開きます。両手を胸の前で組み、大きく息を吐きながら、左右に体を捻ります。
・ポイント: 顔だけでなく、胸の向きを変えるイメージで。この「ねじり」が、歩行時のスムーズな腕の振りと骨盤の動きにつながります。
② 修正:大きいステップ
縮こまった歩幅の感覚(センサー)を書き換えるための運動です。LSVT® BIGなどの集中療法でも用いられる概念を応用したものです。
・方法: 壁や手すりの横に立ちます。片足を大きく一歩前に踏み出し、そして、床を蹴って元の位置に戻ります。
・意識: 自分が「大きい」と思うくらいの歩幅で踏み出して戻ります。少しずつ動きを大きくします。
③ 実践:リズム・ウォーキング(聴覚刺激の活用)
「すくみ足」や「小刻み歩行」に対して、最もエビデンスレベルが高いのが「リズム刺激(Auditory Cueing)」です。
・方法: メトロノーム(スマホアプリで無料のものがあります)や、音楽のリズムに合わせてその場で足踏み、あるいは歩行します。
・テンポ設定: 普段の歩く速さよりも、少しだけゆっくり、力強いテンポ(1分間に90〜100回程度)がお勧めです。
・脳への作用: 外からの音のリズムが、機能低下した大脳基底核の代わりに、歩行のリズムメーカーとなってくれます。
4.日常生活での「歩き方」の意識改革
エクササイズの時間を設けることも大切ですが、日々の生活での歩き方を意識することが、大切です。
・「ながら歩き」をやめる:考え事をしながら、ポケットに手を入れながら歩くと、脳の処理が分散し、歩行の質が下がります。歩くときは「歩くこと」に集中する(シングルタスク化)。
・最初の一歩を儀式化する:歩き出しですくみやすい方は、動き出す前に一度「左右に体重を揺らす」あるいは「1、2、の3!」と声に出すなど、自分なりのルーティンを作ると、スムーズに始動できる方がおられます。
5.フィジオセンターのアプローチ:あなただけの「攻略法」を見つける
一般的なエクササイズは有効ですが、パーキンソン病の症状は「震えが主体のタイプ」「固縮(こわばり)が主体のタイプ」「姿勢の崩れが強いタイプ」など、人それぞれ千差万別です。 フィジオセンターでは、その方の特性に合わせたオーダーメイドの戦略を探します。
■ 「感覚のズレ」を可視化するビデオ分析:先に述べた「自分では大きく動いているつもり」という感覚のズレは、言葉での指摘だけではなかなか修正できません。 当センターでは、歩行動作を動画で撮影し、スロー再生などを用いてご自身で確認していただきます。「踵(かかと)からつけていない」「腕が体幹の後ろにいっていない」といった事実を視覚的にフィードバックすることで、脳内の身体イメージを強制的に修正し、学習効率を飛躍的に高めます。
■ 実生活を想定した「デュアルタスク(二重課題)」の処方:研究室のような静かな環境で歩けるようになっても、人混みや雑音のある環境で歩けなければ、生活の質は向上しません。 症状が安定している方には、エクサイズの場面においては、あえて負荷をかけたトレーニングを行います。
・計算をしながら歩く(認知的負荷)
・お盆に物を載せて歩く(運動的負荷):これらの課題を行う際、脳が「歩行」と「課題」のどちらを優先してしまうかを分析し、「転倒しないための優先順位付け」を指導します。
■ 脳のスイッチを入れる「最適なキュー(合図)」のマッチング:リズム刺激は有効ですが、万人にメトロノームが効くわけではありません。
・聴覚タイプ:「1、2」という声掛けや音楽が有効な方
・視覚タイプ:床の線や目印をまたぐ意識が有効な方
・体性感覚タイプ:足裏の感覚や体重移動を意識することが有効な方
様々な刺激を試行し、あなたの脳が最もスムーズに反応する合図を見つけ出し、日常生活への落とし込みを提案します。
■ 服薬サイクル(On/Off)を考慮した生活指導:パーキンソン病のリハビリテーションは、薬物療法と切り離して考えることはできません。 薬が効いている「On」の時間帯に最大限の機能を強化し、効き目が切れる「Off」の時間帯には、いかに安全に過ごすかという戦略を立てる。
まとめ
パーキンソン病の歩行障害は、足の筋力が低下する病気ではなく、脳からの指令が出現しにくくなる病気です。だからこそ、闇雲に歩くのではなく、「脳に働きかける歩き方」を練習する必要があります。
「大きく、リズム良く、意図的に」。 この3つを意識したエクササイズを取り入れることで、歩行機能は維持・改善できる可能性があります。
「自分の歩き方が合っているかわからない」「家での練習方法を知りたい」という方は、ぜひフィジオセンターにご相談ください。あなたの足取りを軽くする戦略を、理学療法が共に検討します。
理学療法士/保健医療科学修士号/認定理学療法士(運動器・脳卒中) Certified Mulligan Practitioner(CMP)/LSVT® BIG 認定セラピスト 日本体外衝撃波医学会認定 運動器体外衝撃波治療施術者 BFJ公認野球指導者 基礎I U-15
津田 泰志
フィジオセンター TEL:03-6402-7755